総合診療医という言葉が、ドラマ「19番目のカルテ」の放送をきっかけに、少しずつ社会に知られはじめています。しかし、総合診療医が実際に何をする医師なのか、その専門性と地域医療における役割は、まだ十分に理解されていません。本記事では、北海道旭川市で総合診療医として活動する西村涼医師へのインタビューから、総合診療医の本当の役割と価値を伝えます。
総合診療医は、「なんでも診る医者」を超え、地域医療のインフラを担う専門医です。西村医師は、総合診療医の役割を4つに整理しています。また、旭川市では2024年4月から、総合診療医を育てる専門研修プログラム(KAMUI総合診療プログラム)を開始しました。このプログラムは、医療・介護・福祉を一つの法人内で学べるエコシステムを強みとしています。
総合診療医の4つの役割
総合診療医の専門性は、4つの役割に整理できます。西村医師は、入り口の整理、コンテキストに基づく個別化医療、在宅医療、医療・介護・福祉の包括的ケアという4つの軸で、総合診療医の仕事を説明します。
入り口の整理は、総合診療医の第一の役割です。患者が「お腹が痛い」「背中が苦しい」「めまいがする」「足がしびれる」といった症状を抱えたとき、何科にかかればよいか迷うことが少なくありません。総合診療科にまず受診すれば、適切な検査と診断を行ったうえで、専門科への紹介や自科での治療の判断ができます。総合診療医は、患者と専門医療をつなぐ窓口として機能します。
コンテキストに基づく個別化医療は、第二の役割です。コンテキストとは、患者のライフステージや価値観のことを指します。たとえば、20代・30代で心疾患を発症した患者には、ガイドラインに沿った標準治療を組み合わせて進行を予防します。一方、90代後半で認知症症状のある患者には、症状緩和を優先し、薬剤を減量調整します。総合診療医は、患者の人生に合わせたオーダーメイドの処方を提供します。
在宅医療は、第三の役割であり、総合診療医の得意分野です。西村医師は、患者の自宅を訪問し、玄関の上がりかまちの高さ、寝室からトイレまでの距離、段差、手すりの有無を詳細に評価します。この評価をもとに、ケアマネージャーと連携して住環境の改善を提案します。在宅医療では、患者の生活全体を支える視点が求められます。
医療・介護・福祉の包括的ケアは、第四の役割です。総合診療医は、医療だけでなく、介護や福祉の専門職と連携し、患者を地域で支える仕組みをつくります。この役割を果たすには、医療機関の中だけで完結する診療ではなく、地域全体を見渡す視点が必要です。
西村医師が総合診療医を目指した原体験
西村医師が総合診療医を目指した原体験は、学生時代の大学病院での実習にあります。当時、各診療科の外来で、患者が「ついでに他の症状も相談したい」と話す場面を何度も目撃しました。
その場面で、医師は「それはうちの科ではなく、他科に行ってください」と患者を回していました。この対応に、西村医師は強いモヤモヤを感じたと振り返ります。患者を病気という文脈ではなく、「その人の困っていること」として捉えたいと思うようになりました。
このモヤモヤが、総合診療科を目指す出発点になりました。西村医師は、患者の困りごとを全体として受け止め、整理できる専門性を身につけるため、総合診療の道を選びました。
旭川での専門研修プログラムとビジョン
西村医師のビジョンは、「総合診療科という名前が当たり前に社会に知られている状態」をつくることです。総合診療専門医制度は2018年に開始されたばかりで、2025年時点でも全国に1000人未満の専門医しかいません。専門研修プログラムも、全国に十分整備されていない状況です。
このビジョンを実現するため、西村医師は2024年4月から、旭川でKAMUI総合診療プログラムを開始しました。プログラムは、専門医機構が定める整備基準にもとづき、入院病棟管理、外来診療、在宅での終末期ケア、家族との話し合いをカリキュラムに組み込んでいます。一つの病院では完結できないため、旭川市内の大学病院、大規模病院、道外の病院と連携し、3カ月ごとのローテーションを組んでいます。
プログラムの強みは、医療・介護・福祉を一つの法人内で学べるエコシステムです。所属法人は、病院に加えて、介護事業所の経営、ソーシャルワーカーの配置、社会福祉協議会との提携を備えています。研修医は、患者を地域で生活させるためのすべてのリソースを、均等に学ぶことができます。
地域医療における総合診療医の意義
総合診療医は、地方の中小病院と在宅医療において、二つの意義を持ちます。西村医師は、病院側の意義と患者側の意義の両方から、総合診療医の役割を整理しています。
病院側の意義は、収益向上です。総合診療医は、来院した患者を幅広く診察し、適切に整理して専門医に送るか、自科で対応するかを判断します。この機能により、病院全体の患者動線が整理され、収益が安定します。
患者側の意義は、受診先の明確化です。患者は「総合診療医がいる病院」を目印にして、最初の受診先を決められます。動線が整理されることで、たとえば血圧高値程度で大病院の夜間救急を受診し、当直医に怒られるような悲しい体験を減らせます。
総合診療科を受診するタイミング
総合診療科は、いつでも、何のきっかけでも受診できます。西村医師は、リスナーに向けて、受診のハードルを下げるメッセージを送っています。
健康診断で異常を指摘されたときは、総合診療科にまず相談できます。受診すれば、必要な検査を組んで、診断と治療方針を整理します。家族の物忘れが気になるときも、総合診療科で相談できます。受診するかどうか悩む段階の相談も歓迎です。
入院中の家族の退院支援も、総合診療科の役割です。人工呼吸器や点滴管などの医療機器がついたまま在宅に戻る場合、介護の方法や生活の整え方を一緒に考えます。患者本人と家族がつらくない状況をつくるため、総合診療医は伴走者として関わります。
まとめ
総合診療医は、「なんでも診る医者」を超え、地域医療のインフラを担う専門医です。西村医師は、入り口の整理、コンテキストに基づく個別化医療、在宅医療、医療・介護・福祉の包括的ケアという4つの役割を、旭川の現場で実装しています。総合診療専門医はまだ全国に1000人未満ですが、旭川のKAMUI総合診療プログラムは、医療・介護・福祉を一つの法人内で学べるエコシステムを強みに、地域医療の中心を担う総合診療医を育てています。
総合診療医を地域医療のインフラに据える取り組みは、病院の仕組みそのものを再設計する挑戦でもあります。西村医師は、Substack「『病院』再設計ノート」で、現場から病院の仕組みをどう組み直すかを書き続けています。総合診療、在宅医療、病院運営、AI実装を一つの絵としてつなぐ視点に触れたい方は、ぜひご覧ください。













