医療現場では深刻な人手不足と業務負担増大という構造的課題に直面している。令和8年度診療報酬改定に向けた議論では、看護職員の働き方改革、ICT活用による業務効率化、タスクシフト・シェアの推進という3つの戦略的アプローチが検討されている。本稿では、令和7年度第11回診療報酬調査専門組織入院・外来医療等の調査・評価分科会で示された最新データを基に、持続可能な医療提供体制の構築に向けた具体的な施策と課題を明らかにする。
分析の結果、看護職員の夜勤負担軽減と処遇改善が喫緊の課題であることが判明した。ICT活用については約7割の医療機関で導入が進んでいるものの、維持管理コストと人材育成が新たな課題として浮上している。特定行為研修修了者は13,887人に達し、タスクシフト・シェアは72.6%の医療機関で実施されているが、更なる推進には組織的な取組強化が必要である。令和8年度診療報酬改定では、これらの取組を評価する新たな加算の創設や既存加算の充実が検討されており、医療機関の経営戦略に大きな影響を与えることが予想される。
看護職員の確保と働き方改革の現状
看護職員就業者数は2023年に174.6万人に達したが、医療機関の約8割が配置困難を感じている。看護職員の離職理由は「看護職の他の職場への興味」が最多で、ライフステージに応じた「子育て」「介護」も主要因となっている。夜勤シフトの組みにくさは3割を超え、夜勤回数の増加も2~3割の医療機関で報告されている。
夜勤手当は2010年代以降ほとんど上昇していない現状がある。3交代制準夜勤で4,567円、深夜勤で5,715円、2交代制で11,815円という水準は、看護職員の負担に見合わない状況である。夜勤者確保策として「夜勤専従の導入」41.1%、「多様な夜勤の導入」34.2%が実施されているが、夜勤手当の増額は12.4%にとどまっている。
職業紹介事業者の利用は約7割の医療機関に及び、高額な手数料が経営を圧迫している。認定事業者の利用は42.6%で、令和7年4月から手数料率の実績開示が義務化される。都道府県ナースセンターによる無料職業紹介は年間約1万人の就業を支援しており、公的部門の機能強化が期待される。
ICT活用による看護業務の革新的効率化
ICT活用は72.9%の医療機関で実施され、特に急性期一般入院料1では約9割に達している。「ビデオ通話による会議」68.0%、「勤怠管理のICT化」63.8%、「紹介状・診断書の入力支援」35.6%が主な取組である。特定機能病院では「音声入力システム」の活用が48.1%と突出して高い。
看護記録の負担軽減では、電子カルテシステムの入力簡易化66.9%、カルテ様式間の自動転記31.5%、バイタルサインの自動入力26.4%が実施されている。音声入力導入により記録時間が約半減し、月平均時間外勤務が21.86時間から10.92時間に削減された事例もある。転倒転落予測AIシステムでは、リスク判定時間が患者1人5分から0分に短縮され、インシデント報告が460件から284件に減少している。
ICT活用の課題は「維持管理コストの負担」82.8%が最大の障壁となっている。「職員の習熟不足」53.3%、「教育・人材育成の時間」53.1%も指摘されており、導入後の継続的な支援体制の構築が不可欠である。令和6年度補正予算では828億円が計上され、生産性向上のための設備導入支援が開始されている。
特定行為研修とタスクシフト・シェアの推進
特定行為研修修了者は13,887人に達し、指定研修機関は474機関、年間受入可能人数は6,717人となっている。修了者の85.9%が病院に就業し、「栄養及び水分管理に係る薬剤投与関連」が最多の11,382人である。領域別パッケージ研修では、術中麻酔管理領域が203人と最も多く、在宅・慢性期領域984人と合わせ、多様な医療現場への貢献が期待されている。
タスクシフト・シェアは72.6%の医療機関で実施されているが、「とてもよく進んでいる」は1.6%、「進んでいる」は32.9%にとどまる。推進の工夫として「看護管理者中心の見直し」69.1%、「各職種代表者による検討」63.4%が実施されている。看護補助者との業務分担・協働では、「業務マニュアルの整備」78.9%、「研修の充実」74.9%により定着促進が図られている。
介護保険施設等との連携では、34%の病院が看護師による支援を実施している。感染症対策向上加算等を算定する医療機関の67.2%が介護施設への助言業務を行っており、地域包括ケアシステムにおける医療機関の役割が拡大している。令和6年度改定では、専従要件に介護施設への助言業務が含まれることが明確化され、月10時間以内の活動が認められた。
まとめ
医療現場の生産性向上には、看護職員の確保・定着、ICT活用による業務効率化、タスクシフト・シェアの推進という3つの戦略的取組が不可欠である。令和8年度診療報酬改定では、これらの取組を評価する加算の充実が検討されており、医療機関は組織的な改革を加速させる必要がある。特に、夜勤負担の軽減と処遇改善、ICT導入後の継続的支援体制、特定行為研修修了者の戦略的活用が、持続可能な医療提供体制の構築において重要な鍵となる。