2040年に向けて生産年齢人口が減少し、医療従事者の確保がますます困難になることが見込まれています。政府は令和7年6月に「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2025改訂版」において、人手不足が深刻な12業種の生産性向上が必要として「省力化投資促進プラン(医療分野)」を策定しました。この流れを受け、第122回社会保障審議会医療部会(令和7年12月8日開催)では、医療機関の業務効率化・職場環境改善の推進に関する方向性が示されました。本稿では、この方向性の内容を解説します。
厚生労働省が示した方向性は、大きく2つの柱で構成されています。第1の柱は、医療機関の業務のDX化推進です。この柱には、令和7年度補正予算案200億円の計上、効果測定のためのエビデンス蓄積、診療報酬基準の柔軟化検討、機器・サービスの透明性確保と技術開発推進、支援体制の強化、病院の公的認定制度創設、医療法・健保法における責務の明確化が含まれます。第2の柱は、タスク・シフト/シェアの推進と医療従事者の養成体制確保です。この柱には、DX化と連動したタスク・シフト/シェアの推進、養成校の遠隔授業やサテライト化の活用、養成課程の柔軟化が含まれます。
医療機関の業務のDX化推進
厚生労働省は、業務効率化に取り組む医療機関の裾野を広げるため、国・自治体による支援と医療機関の責務明確化の両面から対応を進めます。その際、全ての医療機関が直ちにDX化に対応できるわけではないことを考慮し、現場の理解を得ながら丁寧に進めるとしています。
国・自治体による支援等
国・自治体による支援は、財政支援、エビデンス蓄積、診療報酬基準の柔軟化検討、機器・サービスの透明性確保と技術開発推進、支援体制の強化、認定制度の創設の6つの施策で構成されます。
財政支援については、令和7年度補正予算案において200億円が計上されました。この予算は、これまでの試行的・先進的な取組への支援だけでなく、業務のDX化に取り組む多くの医療機関を支援することを目的としています。さらに、業務のDX化による効果の発現には一定の期間を要することを踏まえ、継続的な支援の在り方も検討されます。
エビデンス蓄積については、統一的な基準によるデータ収集・分析が行われます。収集対象は、労働時間の変化、医療の質や安全の確保、経営状況に与える影響等です。データ収集の際には、医療機関の負担が過度なものにならないよう留意し、できるだけ簡便な形で収集できる方法が検討されます。また、医療機関の情報システムと連携できるよう、医療情報の標準化にも留意しながら進められます。
診療報酬基準の柔軟化検討については、エビデンスの蓄積を行いながら進められます。医療の質や安全の確保と同時に、持続可能な医療提供体制を維持していくことが重要という視点から、業務の効率化を図る場合における診療報酬上求める基準の柔軟化が検討されます。ただし、第121回医療部会では、業務効率化を診療報酬の人員配置基準の緩和へつなげるには時期尚早との意見も出されています。
機器・サービスの透明性確保と技術開発推進については、2つの取組が進められます。1つ目は、医療機関が業務効率化に資する機器やサービスの価格や機能、効果を透明性をもって把握できる仕組みの構築です。2つ目は、業務効率化に資する新たな技術開発等の推進です。
支援体制の強化については、都道府県の医療勤務環境改善支援センターの体制拡充・機能強化が図られます。同センターは従来、労務管理等の支援を行ってきましたが、今後は業務効率化の助言・指導等も行うことが明確化されます。地域医療介護総合確保基金を活用した同センターへの支援もさらに促進されるとともに、国から都道府県への技術的助言が行われます。
認定制度の創設については、業務効率化・職場環境改善に計画的に取り組む病院を公的に認定する仕組みが、地域医療介護総合確保法に創設されます。この認定を受けることで、医療従事者の職場定着にプラスとなり、労働市場における医療従事者の確保面でより有利になることが期待されています。認定の仕組みは透明性がある分かりやすいものとし、医療従事者の視点を入れることも検討されます。
医療機関の責務の明確化
医療機関の責務は、医療法と健保法の両面で明確化されます。
医療法上の責務については、病院又は診療所の管理者が業務効率化に取り組むよう努める旨が明確化されます。現在、管理者は医療従事者の勤務環境の改善その他の医療従事者の確保に取り組む措置を講ずるよう努めることとなっていますが、今後はこれらに業務効率化が加わります。
健保法上の責務については、保険医療機関の責務として業務効率化・勤務環境改善に取り組むよう努める旨が明確化されます。ただし、第121回医療部会では、医療機関の管理者に業務効率化の責務を付すことで医療機関に負担がかかるようなことは避けるべきとの意見も出されています。
タスク・シフト/シェアの推進と養成体制確保
厚生労働省は、タスク・シフト/シェアの推進、養成体制の確保、養成課程を含めた環境整備の3つの施策を進めます。
タスク・シフト/シェアの推進
タスク・シフト/シェアは、DX化と連動して推進されます。医療機関が業務のDX化に取り組む際には、併せてタスク・シフト/シェアの実施や業務プロセス自体の見直しを進めることが求められます。第121回医療部会では、タスク・シフト/シェアにより本来業務ではない部分で業務が停滞することのないよう、AIやロボット等によるDX化があることを明確にすべきとの意見も出されています。
養成体制の確保
養成体制の確保は、地域の実情に応じた対応が進められます。医療関係職種の養成校の定員充足率は近年低下傾向にあり、地域差も大きい状況です。今後は、各地域の人口減少の推移や今後の地域医療構想等を踏まえた各医療関係職種の需給状況を見通しつつ、遠隔授業の実施やサテライト化の活用などをはじめとした検討が進められます。
養成課程を含めた環境整備
養成課程を含めた環境整備は、3つの観点から進められます。
第1の観点は、参入しやすい養成課程の整備です。医療関係職種の各資格間において現在でも可能となっている既修単位の履修免除の活用や、養成に係る修業年限の柔軟化などが検討されます。まずは課題等を把握し、各職種の状況に応じた支援の在り方が検討されます。
第2の観点は、キャリア支援と環境整備です。意欲・能力やライフコースに合わせて、更なるキャリア・スキルの向上を目指す者や、育児・介護等の事情を抱えて働く者への支援が検討されます。セカンドキャリアとして働く上でのマネジメントに関するリカレント教育等の在り方についても、具体的に検討が進められます。
第3の観点は、歯科関係職種の業務範囲等の検討です。歯科衛生士・歯科技工士の業務範囲や、歯科技工の場所の在り方については、現在進めているそれぞれの業務のあり方等に関する検討会において具体的に検討が進められます。
まとめ
第122回社会保障審議会医療部会で示された方向性は、医療機関の業務のDX化推進とタスク・シフト/シェアの推進・養成体制確保の2つの柱で構成されています。DX化推進では、200億円の補正予算、エビデンス蓄積、診療報酬基準の柔軟化検討、機器・サービスの透明性確保と技術開発推進、支援体制強化、認定制度創設、法改正による責務明確化が進められます。タスク・シフト/シェア推進・養成体制確保では、DX化と連動した推進、遠隔授業やサテライト化の活用、養成課程の柔軟化、キャリア支援が進められます。これらの施策は、「省力化投資促進プラン(医療分野)」を踏まえ、2040年に向けた医療従事者の安定的確保と質の高い効率的な医療提供体制の構築を目指すものです。










