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国民医療費は増加するのに病院の7割が赤字―医療経営の構造的課題を解説
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国民医療費は増加するのに病院の7割が赤字―医療経営の構造的課題を解説

全日本病院協会・神野会長が「医療のトリセツ第2回」で明かす、公定価格制度が生む経営難の実態

全日本病院協会の神野正博会長が「医療のトリセツ」シリーズ第2回で、国民医療費の増加と病院経営の深刻な課題について解説しています。近年、病院の倒産や廃業、小規模病院のクリニック化が相次いでいますが、その背景には医療経済特有の構造的問題があります。本記事では、神野会長の解説をもとに、なぜ医療費が毎年1兆円ずつ増加しているにもかかわらず、多くの病院が赤字経営に陥っているのか、その理由を明らかにします。

国民医療費は高齢化と医療技術の進歩により毎年1兆円ずつ増加しています。医療をたくさん使う高齢者が増加し、お金のかかる先端医療も増えているためです。しかし、診療報酬という公定価格は上げることができない一方で、人件費や材料費などの経費は増加し続けています。この価格と経費の板挟み構造により、診療量が多くても赤字になる病院が増加しており、神野会長は全国の病院の約7割が赤字であると指摘しています。この状況は、医療提供体制の持続可能性を脅かす危機的状況です。

国民医療費の増加要因と日本経済の停滞

国民医療費は毎年1兆円ずつ増加しており、この増加ペースは他の業界には見られない特徴的な現象です。神野会長は、日本のGDPがほぼ横ばいで推移する中、国民医療費だけが右肩上がりで増加している現状を指摘しています。

この増加の主な要因は2つあります。第1に高齢化の進行です。高齢者は若年層と比較して医療サービスを多く利用するため、高齢者人口の増加に伴い医療費全体が膨らんでいます。第2に医学・医療技術の進歩です。先端医療技術の導入により、これまで治療が困難だった疾患への対応が可能になりましたが、高度な医療機器や新薬の使用には多額の費用がかかります。

この状況を見ると、「毎年1兆円も増えているのだから、病院は儲かっているのではないか」という疑問が生まれます。しかし実態は正反対です。多くの病院が赤字経営に陥っており、神野会長は全国の病院の約7割が赤字であると指摘しています。

市場経済と医療経済の決定的な違い

病院経営の困難を理解するには、一般的な市場経済と医療経済の違いを知る必要があります。神野会長は、この違いを利益の計算式を用いて明快に説明しています。

一般的な市場経済では、総売上は価格と量で決まり、利益は価格から経費を引いたものに量を掛けて算出されます。市場経済では、経費が増加して利益が減少した場合、企業は価格を引き上げることで対応できます。最近の物価高騰も、多くの企業がこの方法で経営を維持しようとしている結果です。

しかし医療の場合は状況が全く異なります。医療における価格とは診療報酬であり、これは国が定める公定価格です。病院は独自の判断で診療報酬を引き上げることができません。一方で、人件費、医療材料費、設備関係費などの経費は年々増加しています。価格を上げられない状況で経費だけが増加すれば、診療量をいくら増やしても赤字が拡大します。

この価格統制と経費増加の板挟み構造こそが、国民医療費が増加しているにもかかわらず病院経営が悪化する根本的な理由です。診療報酬改定は2年に1度実施されますが、物価上昇や人件費上昇を十分に反映した改定率となっていないため、病院の経営環境は年々厳しさを増しています。

病院経営の現状と持続可能性への警鐘

多くの病院が赤字経営に陥っている現状は、医療提供体制の持続可能性を脅かす重大な問題です。神野会長は全国の病院の約7割が赤字であると指摘し、この状況を将来の医療提供体制を考えたときに大きな問題であると警鐘を鳴らしています。

赤字経営が続けば、病院は経営を維持できなくなり、倒産や廃業、規模縮小を余儀なくされます。実際に、小規模病院がクリニックに転換するケースや、地域医療を支えてきた病院が閉院するケースが全国各地で報告されています。医療機関が減少すれば、地域住民が必要な医療を受けられなくなる医療過疎が深刻化します。

特に救急医療を担う病院では、救急搬送受入件数が多いほど医業費用が増加し、医業利益率が低下する傾向が明らかになっています。地域医療に不可欠な機能を担う病院ほど経営が厳しくなるという矛盾した構造が、医療提供体制全体の弱体化を招いています。

診療報酬という公定価格制度のもとでは、病院が経営努力だけで赤字を解消することには限界があります。持続可能な医療提供体制を確保するには、診療報酬制度の抜本的な見直しや、医療機関の経営を支える新たな財政措置が必要です。

まとめ

国民医療費は高齢化と医療技術の進歩により毎年1兆円ずつ増加していますが、診療報酬という公定価格を引き上げられない一方で経費が増加し続けるため、多くの病院が赤字経営に陥っています。神野会長は全国の病院の約7割が赤字であると指摘し、医療提供体制の持続可能性への危機感を表明しています。市場経済とは異なり、医療経済では価格を自由に設定できないという構造的問題が、病院経営を圧迫しています。この状況は医療提供体制の持続可能性を脅かす重大な課題であり、診療報酬制度の見直しを含めた対策が急務です。神野会長の解説は、私たちが普段意識することの少ない医療経済の特殊性と、病院経営が直面する深刻な現実を明らかにしています。

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