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医療費2.4〜8.3兆円削減の可能性:健康を守りながら実現する5つの改革案
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医療費2.4〜8.3兆円削減の可能性:健康を守りながら実現する5つの改革案

高額療養費制度を守り、軽症患者の不要不急な受診を抑制する具体的方策とは

日本では社会保障費の負担増が社会問題化しており、医療費の適正化をどのように達成するかが重要な論点となっています。高額療養費の自己負担上限引き上げが議論されていますが、重症患者に負担を強いる前に、軽症患者の不要不急な医療利用を抑制する方策を検討すべきではないでしょうか。このような問題意識のもと、日本医療政策学会は2025年11月23日、「医療費適正化の実現に必要なエビデンスに関するレポート」を発表しました。

本レポートでは、国民の健康に悪影響を与えることなく、2.4〜8.3兆円(総医療費の5〜17%)の医療費削減が可能であると提言しています。具体的には、70歳以上の自己負担割合3割への引き上げで1.3〜6.7兆円、OTC類似薬の保険除外で3,300億〜6,500億円、無価値・低価値医療の削減で7,800〜9,000億円の削減効果が見込まれます。これらに加え、外来への包括支払制度導入とエビデンスのある予防医療の保険収載という5つの改革が提案されています。

70歳以上の自己負担割合引き上げ:1.3〜6.7兆円の削減効果

本レポートで最も大きな削減効果が見込まれるのは、70歳以上の自己負担割合を一律3割に引き上げる施策です。

医療サービスの価格が上がれば需要が減るという経済学の原則は、医療分野でも確認されています。東京大学の重岡仁氏の研究によると、医療サービスの窓口での自己負担額が10%増加すると、需要は約2%減少します。この需要の変化を「価格弾力性」と呼び、日本のデータでは外来医療で-0.34〜-0.15、入院医療で-0.166〜-0.057、高齢者では-0.26〜-0.048と報告されています。

自己負担割合を引き上げても、健康への悪影響はないか、あっても小さいことが複数の研究で示されています。この背景には、自己負担割合の増加で影響を受けるのが主に軽症患者であるという点があります。手術や抗がん剤などの重症医療は高額療養費制度でカバーされるため受診控えは起こりにくく、風邪での外来受診など軽医療サービスが抑制されると考えられます。

厚生労働省のデータを用いた試算では、価格弾力性を-0.2と仮定した場合に約6.7兆円、-0.04と仮定した場合でも約1.3兆円の医療費削減効果が期待できます。ただし、この試算が有効なのは高額療養費制度が適切に機能している前提であり、同制度が弱体化すれば重症患者の受診控えによる健康被害が生じる可能性があります。

OTC類似薬の保険除外:3,300億〜6,500億円の削減効果

2番目の改革案は、OTC類似薬の全てまたは一部を保険収載から外すことです。

OTC類似薬とは、風邪薬・湿布・胃腸薬・ビタミン剤など、薬局で処方箋なしに購入できるOTC医薬品と効果やリスクが似ているにもかかわらず、健康保険でカバーされている医薬品を指します。これらに支出されている医療費は3,200億円〜1兆円規模と報告されており、五十嵐らの推計では、狭い定義で3,278億円、広い定義で6,513億円に達します。

OTC類似薬が保険から外されても、患者はドラッグストアで比較的安価に購入できます。OTC医薬品は一般的に軽症患者が使う薬であるため、受診控えが起きても健康被害はないか小さいと考えられます。さらに、OTC類似薬にはそもそも効果がないものも含まれています。例えば風邪はウイルス感染であり、総合感冒薬には回復を早める効果がありません。また、湿布は年間54億枚も処方されていますが、12週間以上の長期使用に関しては有効性のエビデンスが不十分です。

無価値・低価値医療の削減:7,800〜9,000億円の削減効果

3番目の改革案は、効果がないことが証明されている医療サービスの保険収載を見直すことです。

日本では新しい薬や医療機器が承認されると多くの場合自動的に保険適用となり、その後の研究で効果がないと判明しても保険から除外されることは稀です。この硬直的な制度が、効果の低い医療の積み重ねと医療費増加を招いています。

研究チームの調査では、52種類の無価値医療に年間2,100億〜3,300億円の医療費が使われていると推計されました。具体的には、湿布(特にサリチル酸使用や長期使用)に456億円、深刻な兆候のない腰痛への早期画像検査に316〜369億円、安定冠動脈疾患への経皮的カテーテル治療に103〜640億円などが挙げられています。

これに加え、後発品が存在する先発品の使用も低価値とみなされます。ジェネリック医薬品への完全置換で約4,400億円、バイオシミラーへの完全置換で約1,300億円の削減が可能です。これらを合計すると、7,800〜9,000億円程度の削減が患者の健康を悪化させることなく実現可能であり、総医療費の約1.6〜1.9%に相当します。

外来への包括支払制度導入

4番目の改革案は、外来医療に包括支払制度を導入することです。

日本の外来は出来高払いを採用しており、医療サービスの提供量を多くするほど医療機関の利益が増える仕組みになっています。この制度では過剰医療のインセンティブが働き、外来受診回数や入院日数が欧米の2〜3倍となっています。日本で「医師不足」が叫ばれる背景には、医師数自体の不足ではなく、業務量が多すぎる「相対的医師不足」があります。

包括支払制度では、かかりつけ患者の総数に対して月額定額が支払われるサブスクリプションモデルとなります。例えば、安定した糖尿病患者の推奨されるHbA1c測定頻度は6ヵ月に1回ですが、日本ではより頻回に行われています。包括支払いになれば、受診頻度もHbA1c測定頻度も欧米と同水準の3〜6ヵ月に1回に変わると考えられます。医療機関の売り上げが減少しても、人件費・光熱費・検査機材コストが下がるため、収益を維持しながら医療費を削減できる可能性があります。

ただし、包括支払制度には過小医療のリスクがあります。この問題を解決するため、ペイ・フォー・パフォーマンス(P4P)の併用が必要です。P4Pは医療の質や患者アウトカムを測定し、質の高い医療が行われていない場合に経済的ペナルティーを与える制度であり、「量」ではなく「価値」に対して報酬を支払う仕組みを実現します。

エビデンスに基づく予防医療の保険収載

5番目の改革案は、エビデンスのある予防医療を保険収載することです。

日本では歴史的背景から、健康保険がカバーするのは治療的な医療サービスのみで、ワクチンや検診などの予防医療は保険でカバーされていません。これは世界的に見て特殊な制度であり、医療提供者に予防を推進するインセンティブがありません。

エビデンスのある予防を保険収載し、予防も治療も分け隔てなくカバーすることで、この問題を解消できます。予防医療の約2割は健康増進効果だけでなく医療費削減効果があると報告されています。現在、「日本予防医療専門委員会(JPPSTF)」が日本人にとってエビデンスのある予防医療サービスのリスト作成を進めており、このリストに含まれるサービスが保険収載されれば、健康増進と医療費削減の両立が期待できます。

まとめ

本レポートは、高額療養費制度を維持しながら医療費を適正化する5つの改革案を提示しています。70歳以上の自己負担割合引き上げ、OTC類似薬の保険除外、無価値・低価値医療の削減、外来への包括支払制度導入、エビデンスに基づく予防医療の保険収載という5つの施策を組み合わせることで、国民の健康に悪影響を与えることなく、2.4〜8.3兆円の医療費削減が可能です。皆保険制度の根幹である高額療養費制度を守りつつ、軽症患者の不要不急な医療利用を抑制することが、持続可能な医療制度を実現する鍵となります。


出典:津川友介・加藤弘陸・五十嵐中・宮脇敦士・玉田雄大・後藤励「医療費適正化の実現に必要なエビデンスに関するレポート」JHPRA Working Paper, 2025-1, 一般社団法人日本医療政策学会, 2025年11月23日

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