全日本病院協会会長の神野正博氏がYouTube動画シリーズ「医療のトリセツ」第1回を公開しました。この動画では、日本の医療システムが直面する「トリレンマ」について解説しています。日本の医療は現在、医療従事者や病院の犠牲の上に「アクセス」「コスト」「質」という3つの要素を何とか満たしています。しかし、働き方改革や物価上昇により、この仕組みは限界を迎えつつあります。
日本の医療は、世界の常識である「オレゴンルール」を無視した形で3つの要素を満たしていますが、今後は2つを選択する必要に迫られています。オレゴンルールによれば、医療における3つの要素(アクセス、コスト、質)を同時に満たすことは不可能です。日本の医療システムは現在、医療従事者と病院の犠牲によって3つを何とか維持しています。しかし、働き方改革と物価上昇により、国民はどの2つを優先するかの選択を迫られています。
オレゴンルールが示す医療の本質
医療システムを構成する3つの要素は、同時に満たすことができないという原則があります。この原則は、アメリカのオレゴン州で確立された考え方で、「オレゴンルール」と呼ばれています。このルールは、医療における3つの要素、すなわち「アクセス(医療にかかりやすさ)」「コスト(費用)」「質」を同時に全て満たすことは不可能であるため、国民は2つを選ぶしかないという考え方です。
この原則は、世界の医療システムにおける常識とされています。医療資源は有限であるため、3つの要素すべてを高い水準で維持することは現実的ではありません。そのため、各国は自国の事情や国民の価値観に応じて、3つのうち2つを優先する選択をしています。この選択が、各国の医療システムの特徴を決定づけています。
世界各国の医療システムにおける選択
世界の主要国は、オレゴンルールに従って異なる選択をしています。それぞれの選択には、明確な利点と引き換えに犠牲にする要素があります。
「すぐに診てもらえて安い」という選択は、患者にとって魅力的に見えます。この組み合わせでは、医療へのアクセスが良好で、費用負担も軽くなります。しかし、資源が有限である以上、医療の質を犠牲にせざるを得ません。多くの患者を短時間で診察することになるため、一人ひとりへの丁寧な対応や高度な医療の提供が難しくなります。
「安くて質が高い」という選択は、費用を抑えながら良質な医療を提供します。イギリスの医療システムがこの典型例です。イギリスでは、国民は比較的安い費用で質の高い医療を受けられます。しかし、その代償として、手術や専門医の診察まで長期間待たされることがあります。医療へのアクセスが制限されることで、コストと質のバランスを保っているのです。
「すぐに診てもらえて質が高い」という選択は、最高水準の医療を提供します。アメリカの医療システムがこの例に該当します。アメリカでは、患者は迅速に専門医の診察や高度な治療を受けられます。ただし、この利便性と質の高さには高額な費用が伴います。高い保険料や自己負担を覚悟する必要があります。
日本の医療システムの現状と持続可能性の課題
日本の医療システムは、世界的に見て特異な状況にあります。日本では現在、「すぐに診てもらえて、費用もそこそこで、質も高い」という3つの要素が何とか成り立っています。これは、オレゴンルールを無視している状態です。
この一見理想的な状況は、医療従事者と病院の犠牲の上に成り立っています。医療従事者は長時間労働を強いられ、病院は厳しい経営環境の中で診療報酬の範囲内で質の高い医療を提供し続けています。この仕組みによって、国民は世界的に見ても恵まれた医療環境を享受してきました。
しかし、この仕組みは持続可能性の限界に達しつつあります。働き方改革により、これまでの長時間労働を前提とした医療提供体制を維持することが困難になっています。同時に、物価上昇や賃金上昇により、病院経営はさらに厳しさを増しています。
これらの変化により、日本国民は重要な選択を迫られています。医療の3つの要素のうち、どの2つを優先するのか。この選択は、今後の日本の医療システムの方向性を決定づける重大な決断となります。
まとめ
日本の医療システムは、医療従事者と病院の犠牲によって、世界的に稀な「3つの要素を満たす医療」を実現してきました。しかし、働き方改革と経済環境の変化により、この仕組みの維持は困難になっています。神野会長が提起した「トリレンマ」は、今後の日本の医療を考える上で避けて通れない課題です。国民一人ひとりが、医療の未来について真剣に考え、議論する時期に来ています。