miiboの公式サイトに掲載されている横須賀市の導入インタビューから、自治体におけるAI対話システム開発の実践的なアプローチが明らかになりました。本メルマガでは、横須賀市デジタル・ガバメント推進室の村田遼馬氏へのインタビュー内容を基に、非エンジニアの職員がどのようにしてRAG(検索拡張生成)技術を活用した専門特化型AI対話システムを構築したのか、その開発プロセスと運用ノウハウを整理してお伝えします。
横須賀市は2023年4月のChatGPT全庁利用開始後、100社以上の報道機関からの取材と他自治体からの継続的な問い合わせへの対応という課題に直面しました。この課題解決のためにmiiboを採用し、「他自治体向け問い合わせ対応ボット」と市民向けお悩み相談ボット「ニャンぺい」という2つのAIアプリケーションを開発。数千件以上の問い合わせ対応の自動化を実現し、LGWAN(総合行政ネットワーク)という自治体特有の制約をkintoneなどのノーコードツールとの連携で克服した事例として、今後の自治体DXの方向性を示しています。
RAG技術との出会いが変えた自治体AI開発の方向性
村田氏が語った開発の出発点は、上地克明市長が掲げる「誰も一人にさせないまち」というビジョンの実現でした。横須賀市は2020年4月に「デジタル・ガバメント推進方針」を策定し、利用者中心の行政サービスの実現と新たなイノベーションを創発できる地域の実現を目的とした取り組みを進めていました。議会の議事録を活用した答弁検討支援など、特定分野に特化したAIへのニーズが組織内で高まっていたのです。
当初検討したファインチューニング(微調整)という手法には、学習元として多くのデータが必要で、コストもかかる上、必ずしも望んだ答えが得られないという課題がありました。この課題についてAI戦略アドバイザーの深津貴之氏に相談したところ、RAGについて教えてもらい、その流れでmiiboを紹介されたと村田氏は振り返っています。
miiboを選択した理由として、村田氏は3つのポイントを挙げています。第一に、当時RAGを簡単に構築できるサービスが少なく、あるとしても導入のハードルが高いものばかりだった中、Web上で登録すればすぐに使える手軽さ。第二に、画面が全体的に柔らかな印象で、技術に明るくない人でも使いやすいUI。第三に、RAG環境を簡単に構築できる機能性でした。
段階的アプローチで実現した2つのAIアプリケーション
横須賀市は2023年から2024年にかけて段階的に2つのAIアプリケーションを開発しました。2023年4月から検証を重ね、同年8月に本格運用を始めた「他自治体向け問い合わせ対応ボット」は、最終的に市民向けのアプリケーション開発を目指しながらも、まずはある程度の誤差を理解したうえで使ってもらえる自治体に向けて開発したものでした。
村田氏によれば、開発当初はシンプルなFAQ形式のテキストを使用していたものの、質問に対して望む回答がなかなか得られませんでした。そのため、わかりやすい形に整えたり、複数の表現で言い換えた知識を追加したりするなどの工夫が必要だったとのことです。現在はGPT-4oを使用しており、そのような工夫をしなくても、かなり高精度な回答を得られるようになったと説明しています。
2024年5月にリリースした「ニャンぺい」については、AIのハルシネーション(事実に基づかない情報の生成)などの課題を考慮し、あらかじめ現在のチャットボットの自動回答には誤りが生じるリスクがあることを開示し、不具合を「見つけてほしい」という実験的な形でリリースしたと村田氏は語っています。この公開実験のレポートは今後公表する予定で、多くの人に試してもらい、いくつかの不具合の報告を受けたとのことです。
LGWAN環境での実装を実現した技術的アプローチ
村田氏が詳しく説明している技術的な課題は、自治体におけるAI活用の最大の制約である総合行政ネットワーク(LGWAN)の存在です。LGWANは電子メールやWebサイトをセキュアなネットワーク上で利用するための仕組みですが、同ネットワーク上に置かれた諸々のナレッジは、AIサービスのあるインターネットからは分断されてしまいます。
この課題に対し、村田氏は独自の解決策を説明しています。まず取り出したいナレッジをkintoneに移行し、それをCSVデータに変換するという方法を採用しました。元のデータはさまざまなファイル形式やフォーマットが混在していたため、これを集約し、AIが理解しやすい形式に変換する作業に労力を費やしたとのことです。
プロンプトの扱いについて村田氏は、はじめこそ試行錯誤していたものの、想像していたよりもスムーズにキャッチアップできたと振り返っています。村田氏自身がもともとITが好きで、AIについても情報収集していたことに加え、日ごろからDX推進において現場の課題をヒアリングしている各メンバーは言語化能力が高く、具体的な指示を出すことにも長けていたと評価しています。
数値で見る導入効果と組織文化の影響
村田氏が明らかにした導入効果として、「他自治体向け問い合わせ対応ボット」には数千件以上の問い合わせが寄せられており、ボットがなければその都度説明が必要だったことを考えると、時間の短縮が図られていると実感していることが挙げられます。昨年4月にChatGPTを全庁利用することを公表して以降、100社以上の報道機関に対応し、自治体からの問い合わせは現在も続いているという状況において、ごく基本的な問い合わせ対応をチャットボットがしてくれるようになったことは大きかったと評価しています。
「ニャンぺい」についても、不具合の報告は想定よりも少ない印象だと村田氏は述べています。より高度な機能を備え、個別化されたニーズに応えるものを作ろうとすれば多くの準備期間を要したと思われるが、気軽に使えるmiiboでミニマムに始めたからこそ、いちはやくこうしたAI活用の事例を作ることができたと振り返っています。
誤りが許されない地方自治体の取り組みで公開実験を行うことは珍しいかもしれないが、これまでの生成AIの活用の取り組みやDX推進に積極的に取り組んできたことが、こういった実験的な取り組みを許容する土壌になっていると村田氏は感じているとのことです。上地市長のビジョンを旗印として、リスクを取って未来に投資するカルチャーが組織内にあることが、今回の取り組みの後押しとなったと説明しています。
データ標準化が開く自治体サービスの未来像
村田氏が語った今後の展望は、AI活用の手前にあるデータ整理の重要性を基盤としています。ファイル形式を整える手段や、その効率化についての検討はすでに始まっており、データの標準化が進めば、AIでデータを活用することが容易になり、市民により良い行政サービスを提供することもできるのではないかと考えているとのことです。
村田氏が提示した「各種お知らせをパーソナライズする」というアイデアは具体的です。長距離を走るトラックドライバーの方であれば、自宅に届く郵便物よりもラジオのような音声を通じて自治体のお知らせを聞く方が楽かもしれない。SNSをよく見る人であれば、タイムラインに流れてくるショート動画でお知らせを受け取ることができたら、きっとスムーズに内容を知ることができる、といった形でAIを活用できれば、自治体が伝えなければならない情報がより伝わりやすくなり、情報を出す職員の手間やコストも大幅に削減できるのではないかと述べています。
すでに市長のスピーチを英語に変換して外国人居住者に向けた動画で情報を発信するといった試みにも取り組んでいることも明かされました。村田氏は、今後も技術進化の動向を追いながら、より市民が暮らしやすくなる技術活用を進めていきたいと語っています。
まとめ
miiboサイトに掲載された横須賀市の導入インタビューは、非エンジニアの自治体職員がmiiboを活用して実用的なAI対話システムを構築できることを実証した貴重な事例です。RAG技術による専門知識の付与、段階的なアプローチによる開発、LGWAN環境での実装工夫、そして組織文化の重要性という4つの要素が、この取り組みの成功要因として浮かび上がりました。横須賀市の事例は、全国の自治体がDXを推進する上で参考となる実践的な知見を提供しています。