QOL(Quality of Life)は、医療や介護の現場で広く使われる言葉です。しかし、この「Life」の解釈が、医療現場と介護現場で大きく異なっていることをご存じでしょうか。全日本病院協会の神野正博会長は、YouTube「医療のトリセツ」第8回で、この認識の違いが医療と介護の間に深い溝を生んでいると指摘しています。
神野会長は、この溝を埋める鍵として「人生」という視点を提案しました。そのうえで、病気だけを扱う「病院」から、健康や生活支援にも関わる「健院」への転換が必要だと提唱しています。本稿では、神野会長の講演をもとに、QOLの「Life」が持つ3つの意味、医療と介護の溝を埋める「人生」の視点、そして超高齢社会における病院の未来像を紹介します。
QOLの「Life」が持つ3つの意味──命・生活・人生
QOLの「Life」には、立場によって異なる3つの解釈があります。医療現場では「命」、介護現場では「生活」、そして両者をつなぐ概念として「人生」があります。この3つの違いを理解することが、医療と介護の連携を考える出発点になります。
医療現場で働く人々は、「Life」を「命」として捉えています。BLS(Basic Life Support)、ライフサイエンス、ライフセーバーといった用語はいずれも、命を救うことを意味します。救急期の病院に勤務する医師や看護師にとって、「Life」はまさに「命」そのものです。
一方、介護現場の人々は「Life」を「生活」として解釈します。リビングルームが「生活する部屋」を指すように、日常の文脈で「Life」は生活を意味します。介護の定義も「生活を支援すること」であり、介護職にとっての「Life」は「生活」にほかなりません。
神野会長は、この2つの解釈をつなぐ概念として「人生」を提案しています。人は生まれてから死ぬまでの大部分を生活の場で過ごし、病気や怪我で一時的に命に関わる局面を迎えても、急場が過ぎればまた生活に戻ります。QOLの本質は、この「人生の質」にあるのではないかと神野会長は考えを示しています。
医療と介護の間にある「大きな谷」
「Life」の解釈の違いは、医療と介護の間に大きな谷を生んでいます。神野会長は、この谷を認識し、埋めていくことが、これからの医療提供体制の構築に不可欠だと強調しています。
医療の立場からは、「命を助ければよい」という考え方が生まれがちです。神野会長は、医療の現場にいる人々がそのように考える傾向があることを指摘しています。
介護の立場からは、「命があるのは当然で、いかに生活を守り支援するかが重要だ」という発想になります。介護職は日々の生活の質に焦点を当てており、医療が担う「命を救う」という行為とは異なる次元で支援を行っています。
この2つの立場の間に存在する谷が、医療と介護の連携を困難にしている要因のひとつです。神野会長は、「人生」という視点を共有することで、この谷を埋めることができると提案しています。命を救う医療も、生活を支える介護も、どちらも「人生の質」を高めるための営みであるという共通認識が、連携の土台になるのです。
「病院」から「健院」へ──超高齢社会における病院の未来像
神野会長は、「病院をぶっ壊せ」という刺激的な言葉で、病院の役割の転換を訴えています。「病院」という名称が示すとおり、現在の病院は病気や怪我、つまり「命」のみを扱う施設です。しかし、超高齢社会においては、それだけでは十分ではありません。
これからの病院には、医療だけでなく、健康と生活支援にも関わることが求められます。神野会長はこの考え方を「健院」という言葉で表現しています。病気を治すだけでなく、健康の維持・増進や、退院後の生活支援まで視野に入れた医療機関のあり方です。
もちろん、医療に特化して運営する病院は今後も存在します。しかし、多くの病院にとっては、健康と生活支援の視点を持つことが、これからの生き残りの条件になると神野会長は予測しています。地域での支え合いを見据え、「病」の場から「健」の場へと進化できる病院こそが、超高齢社会で求められる医療機関の姿なのです。
まとめ
QOLの「Life」には、医療現場が重視する「命」、介護現場が重視する「生活」、そして両者をつなぐ「人生」という3つの解釈があります。この解釈の違いが医療と介護の間に大きな谷を生んでいますが、「人生の質」という共通認識がその谷を埋める鍵になります。超高齢社会を迎える日本において、病院は病気だけを扱う「病院」から、健康や生活支援にも関わる「健院」へと転換していくことが求められています。神野会長の提言は、医療機関の経営者や現場の医療従事者だけでなく、地域医療の未来を考えるすべての人にとって示唆に富む内容です。
「医療のトリセツ」第8回の動画はYouTubeで公開されています。QOLと病院の未来について、より詳しく知りたい方はぜひご覧ください。










