中央社会保険医療協議会(中医協)総会(第639回)において、令和8年度診療報酬改定に対する二号(診療側)委員の意見が提出されました。この意見書は、医科・歯科・調剤の3分野にわたり、物価高騰・賃上げへの対応を最重点課題として位置づけています。診療側委員は、医療機関の経営がひっ迫する現状を踏まえ、診療報酬の適切な引上げと制度の簡素化を強く求めています。
本稿では、令和7年12月26日に提出された二号委員意見の内容を解説します。意見書は、医科において7つの基本方針と12の具体的検討事項を示しています。歯科は4つの基本方針と23の具体的検討事項、調剤は保険薬局と病院・診療所に分けて方針を提示しています。これらの意見は、今後の中医協における議論の土台となります。
医科分野|国民皆保険を守り抜くための7つの基本方針
診療側委員は、医科分野において7つの基本方針を掲げています。これらの方針は、急激な物価高騰と人件費上昇のなかで医療機関の経営を安定させ、国民に安心・安全で質の高い医療を提供するための原資として診療報酬を位置づけています。
第1の方針は「診療報酬体系の見直し」です。医療機関の創意工夫による運営を可能とする告示・通知等の見直し、施設基準等の簡素化や要件緩和、人件費・医療材料費・食材料費・光熱水費・委託費等の高騰を踏まえた適切な対応を求めています。
第2の方針は「あるべき医療提供体制コスト等の適切な反映」です。「もの」と「技術」の分離の促進、医学・医療の進歩への速やかな対応、無形の技術を含めた基本的な技術評価の重視を掲げています。医療DXやICT連携、業務効率化のためのAI・IoT等に必要な経費への確実な手当も求めています。
第3の方針は「大病院、中小病院、診療所の機能評価と地域医療の安定化」です。急性期から慢性期に至るまで良好に運営できる診療報酬体系の整備、救急医療等の不採算医療を引き受けてきた医療機関への評価、地域の診療所や中小病院のかかりつけ医機能への手厚い評価を要望しています。
第4の方針は「医師・医療従事者の働き方改革対応」です。医師等の働き方改革の推進、医療従事者の負担軽減策や勤務環境の改善への評価、タスク・シェア・タスク・シフトの推進を掲げています。第5の方針は「小児・周産期医療の充実」、第6の方針は「不合理な診療報酬項目の見直し」、第7の方針は「その他必要事項の手当」です。
医科分野|初・再診料から入院医療までの具体的検討事項
診療側委員は、12の領域にわたる具体的検討事項を示しています。これらの検討事項は、医療現場の実態を踏まえた切実な要望です。
初・再診料については、医師の技術料の最も基本となる部分として適切な評価の引上げを求めています。具体的には、同一医療機関における同一日複数科受診の評価見直し、医療DX推進のための評価、かかりつけ医機能のさらなる評価、外来感染対策向上加算の見直しなどを挙げています。かかりつけ医機能については、フリーアクセスを阻害しないよう注意が必要であり、過度な機能分化やかかりつけ医の制度化は導入しないことを求めています。
入院基本料については、急激な物価高騰・光熱費等の高騰に対応するとともに、多職種協働によるチーム医療の推進を踏まえた医療従事者の人件費の適切な評価を求めています。重症度、医療・看護必要度については、改定のたびに評価項目を変更すること自体が医療現場の大きな負担となっており、今改定での大幅な見直しは避けるべきとしています。入院中の患者の他医療機関受診時の減算については、懲罰的な規則であり、国民の受療する権利を阻害していると指摘しています。
入院基本料等加算・特定入院料については、医師事務作業補助体制加算の算定病棟拡大と外来診療所での算定、特定集中治療室管理料等の臨床現場の実態に合致した評価への見直し、地域包括医療病棟入院料の施設基準の要件緩和、精神科地域包括ケア病棟入院料の経過措置期間の再設定などを求めています。
医科分野|在宅医療から処置・手術までの具体的検討事項
在宅医療については、機能強化型在宅療養支援診療所における病床の有無による点数格差の是正を求めています。有床・無床にかかわらず医療行為は同等であり、無床診療所では連携後方支援病院への入院依頼などの対応が発生していることから、同等の点数とすることを要望しています。また、下り搬送を受け入れた側の医療機関への評価、在宅患者訪問診療料の要件緩和、小児在宅医療の充実、終末期に向けての意思決定支援管理料の新設なども求めています。
検査・画像診断については、DPC病院を退院した月と同月の外来における検査料の算定要件緩和、原材料費の高騰に伴う検査料の見直し、休日夜間の緊急遠隔読影における医師の要件見直しを求めています。投薬・注射については、7種類以上の内服薬処方時等の減算の撤廃を要望しています。多数の疾患を抱える患者、特に高齢者をかかりつけ医が担当するためには多剤投与が必要となるケースは避けられず、かかりつけ医機能を発揮する観点からも減算の廃止を求めています。
処置・手術・麻酔については、手術料の適正な評価として、9割以上の術式において外保連手術試案上の人件費のみで実際の診療報酬額を上回っていることから、一層の増点を求めています。同一手術野で実施する複数手術の評価については、主たる手術の所定点数のみならず、同時併施手術すべての所定点数を加えることを要望しています。また、第11部麻酔の通則における休日・時間外・深夜加算の新設も求めています。
ベースアップ評価料については、対象職種が限定されている等の課題があることから、基本診療料を中心として上乗せすることを求めています。春闘賃上げ2年連続5%超えに比べて、診療報酬改定によるベースアップ評価料は低い水準に留まっており、医療機関に従事するすべての職員を対象とした適切な評価の見直しを要望しています。
歯科分野|口腔の健康と健康寿命の延伸に向けた要望
歯科分野では、口腔の健康が全身の健康及び健康寿命の延伸に寄与するエビデンスが示されるなか、歯科医療の果たす役割は非常に大きいとの認識を示しています。ライフコースに応じたう蝕や歯周病を含めた口腔疾患の重症化予防及び口腔機能の獲得・維持・向上に資する歯科医療を「かかりつけ歯科医」が中心となって提供することが重要としています。
重点課題として、物価や賃金、人手不足等の医療機関を取り巻く環境の変化への対応を掲げています。医療経済実態調査の結果から、個人立歯科診療所においては収入の増加を費用の増加が上回り、設備投資やスタッフの処遇改善もままならない厳しい経営状況が続いていることが明らかになりました。歯科衛生士等の給与水準は一般病院の医療技術員よりも低い水準にとどまっており、個人立歯科診療所における歯科衛生士の賃上げ状況は、2025年春季労使交渉の平均賃上げ率5.26%に到底及んでいません。求人倍率も高止まりしている状況です。
具体的検討事項として、ホスピタルフィーである初診料・再診料での評価拡充、歯科衛生士等の処遇改善、歯科診療所と病院歯科の機能分化・連携の強化、周術期等口腔機能管理の更なる推進、医療DXに係る診療報酬上の評価の導入などを求めています。また、歯科用貴金属の代替材料の開発・保険収載についても、金パラ価格が最高値を更新し続けていることから、市場価格の影響を受けやすい歯科用貴金属に代わる材料の開発・保険収載・適用拡大を推進することを要望しています。
調剤分野|薬局経営の安定と医薬品供給体制の確保
調剤分野は、保険薬局における調剤報酬関係と病院・診療所における薬剤師業務関係の2つに分けて意見を示しています。保険薬局については、物価高騰・賃上げ等の影響により薬局の経営が年々厳しさを増しており、医薬品の仕入価の高騰、「逆ザヤ」品目の急増及び毎年の薬価改定により、経営状況は極めて逼迫しているとの現状認識を示しています。
保険薬局における基本方針として、薬局における物価高・賃上げ対応、医薬品供給拠点としての経営基盤・機能の強化、かかりつけ薬剤師・薬局機能の推進、医療機関や介護施設と薬局の連携強化、対物業務を基盤とした対人中心業務の推進、多職種連携による在宅薬剤管理指導の推進、医薬品の適正使用や医療安全確保のための病診薬連携の推進、医薬品供給不足問題への対応と後発医薬品・バイオ後続品の更なる普及促進、医療DXの推進や薬局業務の見直しによる働き方の効率化など10項目を掲げています。
病院・診療所における薬剤師業務関係については、6つの基本方針と7つの具体的検討事項を示しています。高齢化に伴う医療・介護ニーズの変化や物価の高騰・人件費の増加等、医療機関を取り巻く環境の厳しさが増していること、令和6年4月から実施された第8次医療計画には薬剤師の確保が明記されているものの、医療機関に従事する薬剤師の不足及び偏在問題は深刻であることを指摘しています。具体的検討事項として、病院・診療所薬剤師の処遇改善、転院・転所時のポリファーマシー対策を含めた薬剤関連情報の連携に関する評価、回復期リハビリテーション病棟等での病棟薬剤業務の評価、救急外来における薬剤業務の評価、外来腫瘍化学療法診療料の算定対象拡大、訪問診療への薬剤師の同行訪問に関する評価などを求めています。
まとめ|診療報酬改定に向けた今後の議論の方向性
令和8年度診療報酬改定に対する二号(診療側)委員の意見は、物価高騰と人件費上昇のなかで医療機関の経営を安定させることを最重要課題として位置づけています。意見書では、診療報酬は国民に安心・安全で質の高い医療を提供するための原資であり、2年間の賃金や物価の動向が適切かつ十分に反映されるものでなければならないとの認識が示されました。
医科・歯科・調剤の3分野に共通するのは、初・再診料等の基本診療料の引上げ、医療従事者の処遇改善、医療DXの推進に対する評価の充実、施設基準等の簡素化です。これらの要望は、これまで中医協で検討してきた項目を踏まえつつ、医療機関が置かれている窮状を認識した上での優先順位を前提としています。今後の中医協における議論では、支払側(一号委員)の意見との調整が行われ、具体的な点数設定が検討されます。










