令和7年11月7日に開催された中央社会保険医療協議会総会において、療養・就労両立支援指導料の見直しが議論されました。この指導料は平成30年度に新設されましたが、算定回数が極めて低調な状況が続いています。中医協は、がん診療連携拠点病院等における算定率が0%という実態調査結果を踏まえ、制度の抜本的な見直しを論点として提示しました。
今回の議論では、対象疾患の限定撤廃と算定期間の延長という2つの主要論点が示されました。対象疾患については、現在は悪性新生物、脳梗塞や脳出血などの急性発症した脳血管疾患、慢性肝疾患、心疾患、糖尿病、若年性認知症、指定難病その他これに準ずる疾患に限定されていることが、両立支援を必要とする多くの患者を排除している問題があります。算定期間については、初回から3月以内という制限が実態と乖離しており、実際の平均指導期間は6.8ヶ月となっています。これらの課題解決に向けた制度改善が、次期診療報酬改定での重要な検討事項となります。
療養・就労両立支援指導料の制度概要と算定実績
療養・就労両立支援指導料は、就労中の患者の療養と就労の両立を支援するため、平成30年度診療報酬改定で新設された評価項目です。この指導料の算定要件は、患者と事業者が共同作成した勤務情報を踏まえた療養指導の実施、患者の事業場の産業医等への情報提供、情報提供後の勤務環境変化を踏まえた継続的な療養指導という3つの要素から構成されています。初回算定で800点、2回目以降は初回算定月またはその翌月から起算して3月を限度として400点を算定できます。
この指導料の算定回数は、新設以降増加傾向にあるものの極めて低調な水準です。令和6年8月審査分のデータによると、初回算定が116回、2回目以降の算定が89回にとどまっています。相談支援加算の届出医療機関数は965施設(病院457施設、診療所508施設)まで増加しましたが、算定回数は月31回と、届出施設数に対して著しく少ない状況が続いています。この乖離は、制度を整備しても実際の運用段階で多くの課題が存在することを示しています。
がん診療連携拠点病院等を対象とした実態調査では、令和6年8月から10月の期間に療養・就労両立支援指導料を算定した施設は0%でした。算定しない理由として、専門職員の確保困難が52.6%で最も多く、就労上の留意点指導が困難が28.9%、患者から勤務情報を受け取ることが困難が26.3%と続きました。これらの結果は、制度設計と現場の実態が大きく乖離していることを明確に示しています。
対象疾患の限定がもたらす課題
現行制度における対象疾患は、悪性新生物、脳梗塞や脳出血などの急性発症した脳血管疾患、慢性肝疾患、心疾患、糖尿病、若年性認知症、指定難病その他これに準ずる疾患に限定されています。この限定は平成30年の制度新設時から段階的に拡大されてきましたが、就労の状況を考慮した療養指導を必要とする患者はこれらの疾患に限られていません。両立支援コーディネーター基礎研修修了者へのフォローアップ調査によると、実際に両立支援に携わった疾患は、がんが24%で最も多いものの、うつ病などのこころの病気が21%と高い割合を占めています。
この調査結果は、現行の対象疾患では精神疾患が含まれていないという重要な課題を浮き彫りにしています。脳卒中が12%、指定難病が11%、糖尿病が9%、心疾患が9%、骨折などの外傷が7%という結果を見ると、対象疾患に含まれない疾患でも相当数の両立支援ニーズが存在することがわかります。特に精神疾患については、厚生労働省が令和7年3月に「メンタルヘルス不調者の主治医向け支援マニュアル」を作成しており、両立支援の枠組みが整備されつつあります。
厚生労働省は「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」の参考資料として、主な疾患の留意事項を作成しています。がん、難病、肝疾患、脳血管疾患、心疾患、糖尿病については既に留意事項が整備されており、令和7年10月には慢性腎臓病の手引きも作成されました。これらの疾患別ガイドラインの整備状況を考慮すると、対象疾患の限定を見直し、より幅広い疾患を対象とすることが妥当と考えられます。
算定期間の制限と実態の乖離
現行制度では、2回目以降の指導について初回算定日の属する月またはその翌月から起算して3月を限度としています。この期間制限は、令和2年度診療報酬改定で2回目以降の評価が新設された際に設定されたものです。制度新設当初は初回のみの評価でしたが、診療情報提供後の勤務環境変化を踏まえた継続的な指導の重要性が認識され、2回目以降の評価が追加されました。
入院・外来医療等における実態調査によると、算定期間の要件を満たさなかったため算定できなかった事例の平均指導期間は6.8ヶ月でした。この結果は、実際の両立支援では3月を超える継続的な指導が必要とされていることを示しています。疾患の治療経過や職場復帰のプロセスを考慮すると、3月という期間は実態に合っていない可能性があります。特に、治療の副作用が長期にわたる場合や、段階的な職場復帰を支援する場合には、より長期の指導期間が必要となります。
両立支援の実務においては、初回の勤務情報提供と主治医意見書の作成だけでなく、その後の勤務環境の調整状況の確認、治療計画の変更に伴う就労上の配慮事項の見直し、患者の心理的支援など、多岐にわたる継続的なサポートが求められています。厚生労働省の両立支援ガイドラインでも、企業、労働者、主治医、産業医等の連携による継続的な支援プロセスが示されており、3月という期間制限はこの支援プロセスの実態と整合していません。
専門職員確保の困難性と施設基準の課題
療養・就労両立支援指導料の算定には、就労上の留意点に係る指導を医師または医師の指示を受けた看護師、社会福祉士、精神保健福祉士、公認心理師が行う必要があります。相談支援加算を算定する場合には、これらの専門職を専任で配置し、かつ厚生労働省の定める両立支援コーディネーター養成研修を修了していることが求められます。がん診療連携拠点病院等の実態調査では、専門職員の確保困難が算定しない理由の52.6%を占め、最大の課題となっています。
この専門職員確保の困難性には、複数の要因が存在します。両立支援コーディネーター養成研修の受講機会が限られていること、専任配置の要件が厳しいこと、そもそも看護師や社会福祉士等の専門職が不足していることなどが挙げられます。特に、患者サポート体制充実加算との兼任が認められているとはいえ、実際には両立支援業務に専念できる職員を確保することが困難な医療機関が多くあります。
就労上の留意点に係る指導が困難という回答が28.9%を占めたことも、重要な課題を示しています。両立支援には、医学的知識に加えて労働法規や産業保健の知識、企業との調整能力など、多様な専門性が求められます。現場の医療従事者がこれらの知識やスキルを習得し、実践することは容易ではありません。厚生労働省は各疾患のマニュアルを整備していますが、これらを効果的に活用するための研修体制の充実が必要です。
患者からの勤務情報入手の課題
患者から勤務情報を記載した文書を受け取ることが困難という回答が26.3%を占めたことは、両立支援の入口段階での課題を示しています。療養・就労両立支援指導料の算定には、患者と事業者が共同して作成した勤務情報を記載した文書が必要です。この文書には、現在の勤務状況、就業上の配慮が必要な事項、事業者の確認などが含まれ、両立支援の基礎となる重要な情報が記載されます。
患者が勤務情報を医療機関に提出できない理由として、職場に病気を開示していないケース、企業側の協力が得られないケース、患者自身が両立支援制度を知らないケースなどが考えられます。厚生労働省は「治療と仕事の両立支援カード」を作成し、従来の勤務情報提供書よりも簡便な手続きで両立支援を進められる仕組みを整備しました。このカードは、患者が配慮を受けたいという意思表示をすることから始まり、企業の産業医等または人事労務担当者等の確認を経て主治医に提出される流れとなっています。
両立支援を推進するためには、医療機関だけでなく企業側の理解と協力が不可欠です。厚生労働省は、都道府県の産業保健総合支援センターによる企業支援、地域両立支援推進チームの設置、ポータルサイト「治療と仕事の両立支援ナビ」による情報発信など、多面的な取組を進めています。これらの取組により、企業側の両立支援に対する理解が深まり、患者が勤務情報を提出しやすい環境が整備されることが期待されます。
中医協が示した見直しの論点
中医協は、療養・就労両立支援指導料について2つの主要な論点を提示しました。第一の論点は、指導に至るプロセスや対象疾患の限定を見直すことです。現行制度では対象疾患が7疾患に限定されていますが、就労の状況を考慮した療養指導を必要とする患者はこれらの疾病に限られていません。患者に関する勤務情報が事業者の確認を受けた上で医療機関に提供されることや、就業の継続に配慮が必要な患者が対象となることなどを前提として、療養と就労の両立支援をさらに推進する観点から見直しを検討するとしています。
第二の論点は、2回目以降指導の算定上限の見直しです。実態調査では、算定期間の要件である3月以上の期間にわたって指導が継続されている実態が明らかになりました。平均指導期間が6.8ヶ月という結果は、現行の3月という算定上限が実態と大きく乖離していることを示しています。継続的な両立支援の重要性を考慮すると、算定上限の延長は妥当な方向性といえます。
これらの論点は、療養・就労両立支援制度を実効性のあるものにするための重要な見直しです。対象疾患の拡大により、精神疾患や慢性腎臓病、骨折などの外傷など、現在対象外となっている疾患の患者も制度を利用できるようになります。算定期間の延長により、治療の長期化や段階的な職場復帰に対応した継続的な支援が可能となります。これらの見直しにより、制度の利用促進と両立支援の質の向上が期待されます。
まとめ
療養・就労両立支援指導料は、治療と仕事の両立という重要な社会課題に対応する制度として平成30年度に新設されましたが、算定実績が極めて低調な状況が続いています。中医協が示した実態調査結果は、専門職員の確保困難、就労上の留意点指導の困難性、患者からの勤務情報入手の困難性という3つの主要な課題を明らかにしました。これらの課題は、制度設計と現場の実態が乖離していることを示しており、抜本的な見直しが必要です。
中医協が提示した2つの論点、すなわち対象疾患の限定見直しと算定期間の延長は、制度を実効性のあるものにするための重要な方向性です。対象疾患の拡大により、現在制度の対象外となっている精神疾患などの患者も両立支援を受けられるようになり、算定期間の延長により実態に即した継続的な支援が可能となります。次期診療報酬改定において、これらの論点がどのように具体化されるか、注目が集まっています。










