令和8年5月13日の中央社会保険医療協議会(中医協)総会(第650回)で、在宅自己注射の対象薬剤を追加する案が示されました。この追加案が了承されると、対象薬剤の処方箋の交付や在宅自己注射指導管理料の算定が可能になるため、医療機関は対象薬剤と算定できる加算を把握しておく必要があります。本号では、追加案の根拠となる仕組みと、追加が提案された2剤の内容を整理します。
追加案の結論は、ハイキュービアとグセルクマブ(トレムフィア)の2剤を、保険医が投与できる注射薬と在宅自己注射指導管理料の対象薬剤に加えるというものです。追加の提案は、中医協が定めた「在宅自己注射指導管理料の対象薬剤に係る運用基準」と学会からの要望書等を踏まえたものです。ハイキュービアは皮下注射の免疫グロブリン製剤で、必要な加算として注入器用注射針加算と注入ポンプ加算が示されています。グセルクマブは潰瘍性大腸炎とクローン病の治療薬で、必要な在宅療養指導管理材料加算は「なし」とされています。
追加案の前提となる2つのリストと運用基準
今回の追加案は、注射薬に関する2つのリストに薬剤を加える提案です。2つのリストとは、「保険医が投与することができる注射薬」と「在宅自己注射指導管理料の対象薬剤」です。この2つのリストへの追加は、中医協が承認した運用基準に沿って判断されます。
「保険医が投与することができる注射薬」は、処方箋を交付することができる注射薬のリストでもあります。保険医療機関及び保険医療養担当規則(療担規則)第20条第2号トは、注射薬の投与を厚生労働大臣が定めるものに限っています。この厚生労働大臣が定める注射薬は、「療担規則及び薬担規則並びに療担基準に基づき厚生労働大臣が定める掲示事項等」の第十の一に列挙されています。保険診療で患者に注射薬を投与できるのは、このリストに載っている薬剤に限られます。
「在宅自己注射指導管理料の対象薬剤」は、患者が自宅で自己注射を行う際に指導管理料を算定できる注射薬のリストです。このリストは、特掲診療料の施設基準等の別表第九に掲げられています。在宅療養指導管理材料加算も、別表ごとに対象薬剤が決まっています。たとえば、注入器加算の対象は別表第九の一の三、注入ポンプ加算の対象は別表第九の一の五に定められています。
運用基準は、対象薬剤に追加できる薬剤の要件を定めたルールです。運用基準は平成28年8月24日に中医協で承認され、令和5年8月23日に改正案が承認されました。対象となる薬剤は、補充療法等の頻回投与または発作時の緊急投与が必要で、剤形が注射によるものでなければならない薬剤です。そのうえで、次の3つの要件をすべて満たす必要があります。
関連学会等のガイドライン等で、在宅自己注射の診療上の必要性が確認されていること
医薬品医療機器法上の用法・用量として、維持期の投与間隔がおおむね4週間以内であること
上記を踏まえ、在宅自己注射指導管理料の対象薬剤への追加の要望があること
学会の要望書には、5つの事項の記載が求められます。5つの事項とは、自己注射の安全性の確認、対象患者の要件、使用上の具体的な留意点、頻回投与や長期治療が必要になる理由、在宅療養指導管理材料加算を要望する場合の加算の名称と理由です。さらに、発作時の緊急投与にも補充療法にも使わない薬剤は、要望書を提出した学会以外の学会の意見を確認する等、診療上の必要性を十分に確認することが求められます。
運用基準は、対象薬剤に追加する時期も定めています。14日未満の間隔で注射する薬剤は、要件を満たせば原則として薬価収載の時期にあわせて追加を検討します。14日以上の間隔で注射する薬剤は、14日を超える投薬が可能な場合で要件を満たすときに、原則として薬価収載の時期にあわせて追加を検討します。14日を超える投薬が条件となるのは、新医薬品の投薬期間が、原則として薬価収載月の翌月初日から1年間は14日に制限されるためです。
在宅自己注射を導入する医療機関は、厚生労働省の通知(保医発第0427002号)が示す4つの留意事項を守る必要があります。1つ目は、対象疾患の診療を日常的に行っており、十分な経験をもつ医師が指導管理を行うことです。2つ目は、導入前に入院、または週2回もしくは3回以上の外来・往診・訪問診療で十分な教育期間をとることです。3つ目は、かかりつけ医と異なる医師が指導管理する場合に、緊急時の対応などでかかりつけ医と連携することです。4つ目は、廃棄物の適切な処理方法もあわせて指導することです。
追加薬剤1:ハイキュービア(皮下注射の免疫グロブリン製剤)
1剤目のハイキュービアは、免疫グロブリンを皮下に投与する薬剤です。追加案では、必要な加算として注入器用注射針加算と注入ポンプ加算が示されています。追加の背景には、4学会による3通の要望書があります。
ハイキュービアの成分は、pH4処理酸性人免疫グロブリン(皮下注射)とボルヒアルロニダーゼ アルファ(遺伝子組換え)です。販売名は「ハイキュービア10%皮下注セット」で、5g/50mL、10g/100mL、20g/200mLの3規格があります。ハイキュービアは令和6年12月に薬事承認され、2025年(令和7年)6月にCIDP・MMNの効能が追加されました。効能・効果は、次の2つです。
無又は低ガンマグロブリン血症
慢性炎症性脱髄性多発根神経炎(CIDP)及び多巣性運動ニューロパチー(MMN)の運動機能低下の進行抑制(筋力低下の改善が認められた場合)
ハイキュービアの投与は、2つの成分を順に皮下注射する点が特徴です。まず、ボルヒアルロニダーゼ アルファを皮下投与します。次に、約10分以内に同じ部位へ人免疫グロブリンGを皮下投与します。ボルヒアルロニダーゼ アルファは、結合組織のヒアルロン酸を脱重合(分解)して、皮下組織の浸透性を高めます。この作用によって、人免疫グロブリンGの拡散・吸収が促進されます。
ハイキュービアの投与間隔は、3週間に1回または4週間に1回です。投与は、規定用量の1/3または1/4から開始し、投与量にあわせて投与間隔を延ばしながら漸増します。無又は低ガンマグロブリン血症では、人免疫グロブリンGとして通常150〜600mg/kg体重を3週間に1回、または200〜800mg/kg体重を4週間に1回投与します。CIDP・MMNでは、成人に人免疫グロブリンGとして1.0g/kg体重を3週間に1回投与するのが基本です。CIDP・MMNでは、1回量と忍容性に応じて、48〜72時間の間隔で分割投与することもできます。
ハイキュービアの追加は、4つの学会が3通の要望書で要望しました。3通の要望書とは、日本小児感染症学会、日本神経学会・日本末梢神経学会(連名)、日本免疫不全・自己炎症学会の要望書です。要望書が挙げる理由は、通院負担と感染リスクの軽減です。原発性免疫不全症候群(PID)やCIDP・MMNの患者は、生涯にわたり疾患と付き合う必要があり、長期にわたって免疫グロブリン療法を続けます。月1回以上の通院は、感染リスクのある患者や四肢の筋力低下がある患者にとって、治療継続の妨げになります。安全性については、要望書によると、国内外の臨床試験で3週間に1回または4週間に1回の自己注射が実施され、明らかな安全性上の懸念は認められませんでした。
ハイキュービアで必要な加算は、注入器用注射針加算と注入ポンプ加算です。注入ポンプ加算が必要な理由は、投与速度を調節できるシリンジポンプを使うためです。この扱いは、同じpH4処理酸性人免疫グロブリン(皮下注射)を含むハイゼントラやキュービトルと同様です。なお、日本小児感染症学会と日本免疫不全・自己炎症学会は、注入ポンプ加算の算定回数を現行の「2月に2回」から「3月に3回」へ広げるよう要望しています。今回の追加案の資料には、この算定回数の変更は記載されていません。
ハイキュービアの主な副作用は、アナフィラキシーショックと無菌性髄膜炎症候群などです。自宅で投与する患者には、これらの副作用への対処法を事前に指導しておく必要があります。
追加薬剤2:グセルクマブ(潰瘍性大腸炎・クローン病)
2剤目のグセルクマブは、潰瘍性大腸炎とクローン病に使う皮下注射の製剤です。追加案では、必要な在宅療養指導管理材料加算は「なし」とされています。追加の背景には、消化器領域の4学会からの要望書があります。
グセルクマブの販売名は、「トレムフィア皮下注200mgシリンジ」と「トレムフィア皮下注200mgペン」です。グセルクマブは、炎症に関わるIL-23の働きを抑える薬剤です。潰瘍性大腸炎に対しては令和7年5月に薬価収載され、クローン病に対しては令和7年6月に承認されました。効能・効果は、次の2つです。
中等症から重症の潰瘍性大腸炎の寛解導入及び維持療法(既存治療で効果不十分な場合に限る)
中等症から重症の活動期クローン病の治療(既存治療で効果不十分な場合に限る)
グセルクマブの皮下投与は、開始時と維持期で用量と間隔が変わります。開始時には、1回400mgを初回、4週後、8週後に皮下投与します。維持期には、グセルクマブ製剤(点滴静注または皮下注)の投与開始16週後から、1回100mgを8週間隔で皮下投与します。患者の状態によっては、投与開始12週後以降に1回200mgを4週間隔で皮下投与することもできます。
グセルクマブの追加は、4つの学会が要望しました。4つの学会とは、日本炎症性腸疾患学会、日本消化器病学会、日本大腸肛門病学会、日本消化管学会です。要望書が挙げる理由は、患者の就労・就学と治療の両立です。潰瘍性大腸炎とクローン病はいずれも国の指定難病で、若年層での発症が多く、寛解と再燃を繰り返します。関節リウマチ、クローン病、潰瘍性大腸炎の治療に使う他の皮下注射型生物学的製剤は、すでに自己注射が可能となっています。自己注射が認められれば、来院頻度を調整でき、生活に合わせた治療の継続が可能になると要望書は述べています。安全性については、要望書によると、国際共同第Ⅱ/Ⅲ相試験で自己投与を可能としたところ、安全性に大きな問題はないことが確認されました。
グセルクマブの自己注射について、4学会は2つの条件を示しています。1つ目は、適切な投与方法等の十分な教育訓練を行い、患者が安全かつ確実に投与できることを医師が事前に確認することです。2つ目は、使用済み注射器を再使用しないことや安全な廃棄方法(専用容器への廃棄等)を指導し、副作用が疑われる場合や自己注射の継続が困難な場合には自己注射を中止して主治医に連絡するよう指導することです。対象患者として、4学会は、疾患活動性が良好かつ安定してコントロールされ、4週間隔の通院が困難な患者などを想定しています。
グセルクマブの主な副作用は、重篤な感染症とアナフィラキシーなどです。自宅で投与する患者には、感染症の徴候やアナフィラキシーへの対処法を事前に指導しておく必要があります。
まとめ:2剤の追加案で通院負担の軽減へ
令和8年5月13日の中医協総会では、在宅自己注射の対象に2剤を追加する案が示されました。追加の提案は、中医協の運用基準と学会からの要望書等を踏まえたものです。ハイキュービアは皮下注射の免疫グロブリン製剤で、必要な加算として注入器用注射針加算と注入ポンプ加算が示されています。グセルクマブは潰瘍性大腸炎とクローン病の治療薬で、必要な在宅療養指導管理材料加算は「なし」とされています。
2剤が対象薬剤に加われば、長期の治療を続ける患者は、自宅での自己注射を選べるようになります。医療機関は、総会での審議結果と、適用開始日などの正式な告示・通知を確認したうえで、導入前の教育体制と算定方法を準備しておきましょう。










