令和8年度診療報酬改定では、個別改定項目「Ⅱ-5 質の高い在宅医療・訪問看護の確保」において、訪問看護を取り巻くルールが3つの観点から大きく見直される。背景には、訪問看護の利用者拡大に伴う実施内容のばらつき、画一的な訪問や短時間訪問の濫用、退院支援時の高齢者住まい等への誘導をめぐる問題がある。本稿では、訪問看護ステーションと保険医療機関の実務担当者向けに、3つの見直しの全体像と各論のサマリーを整理する。
3つの見直しは、訪問看護の「実施・運営・誘導」の3軸を一体的に再構築する内容である。第一に、適正な訪問看護の推進として、記録書の記載内容を明確化し、標準時間を下回る訪問の濫用を規制する。第二に、指定訪問看護の運営基準の見直しとして、適正手続き・健全運営・誘引禁止・誘導禁止の4規定を新設し、安全管理体制と記録整備を義務化する。第三に、療養担当規則の見直しとして、保険医療機関から訪問看護や高齢者住まい等への誘導と利益収受を禁止する規定を新設する。
改定の全体像と3つの見直しの関係性
「Ⅱ-5 質の高い在宅医療・訪問看護の確保」は、訪問看護の実施・運営・誘導の3層を同時に整える改定パッケージである。3つの見直しは、それぞれ訪問看護ステーションの「現場運用」「組織運営」「医療機関との関係性」に対応する。各層の規律を整合的に強化することで、在宅医療全体の透明性と質を確保する狙いがある。
3つの見直しの位置づけは、3層構造で整理できる。第1層は訪問看護の現場運用に関する見直しであり、記録書の記載と短時間訪問の規制が中心となる。第2層は訪問看護ステーションの組織運営に関する見直しであり、運営基準への新規定追加と安全管理体制の確保が中心となる。第3層は保険医療機関と訪問看護等との関係性に関する見直しであり、誘導禁止規定の対象拡張が中心となる。
3つの見直しの共通の目的は、健康保険事業の健全な運営の確保である。中医協の議論では、画一的な訪問や短時間訪問の濫用、高齢者住まい等への誘導といった懸念が示されてきた。あわせて、介護保険の訪問看護の収支差率が令和4年度で5.9%である一方、高齢者住まいに併設する訪問看護ステーションを運営する事業者の中には、訪問看護以外の事業を含む全社ベースの営業利益率が20%を超える例も確認されている。改定は、これらの懸念に3層から同時に対応する。
① 適正な訪問看護の推進|記録書記載と実施基準の明確化
第1の見直しは、訪問看護の現場運用を規律する内容で、記録書の記載要件と実施基準を明確化する。具体的には、標準時間(30分から1時間30分程度)を下回る短時間訪問の規制、看護目標及び訪問看護計画に沿った実施の徹底、利用者の状態を踏まえない一律決定の禁止、目標達成評価と実際の訪問時刻の記録という4点を通知レベルで明文化する。
短時間訪問の規制は、新設される運用ルールである。同一日に同一の利用者へ複数回、又は複数の利用者に対して標準時間を下回る訪問が頻繁に行われている場合は、指定訪問看護を実施したと認めない。ただし、標準時間の訪問計画を作成した上で、利用者側のやむを得ない事情により標準時間を下回った場合は規制対象から除外される。
記録要件の明確化は、改定のもう一つの柱である。訪問看護記録書には、目標達成の程度及びその効果に関する評価を記録しなければならない。訪問時刻についても、計画上の予定時刻ではなく、実際の指定訪問看護の開始時刻と終了時刻を記載することが明記される。
詳しい解説は、以下の記事をご覧ください。
👉 令和8年度改定|訪問看護の適正化と記録書記載の明確化を解説
② 指定訪問看護の事業の人員及び運営に関する基準の見直し|4つの新規定と安全管理
第2の見直しは、訪問看護ステーションの組織運営を規律する内容で、運営基準(平成12年厚生省令第80号)に4つの新規定を追加し、2つの既存規定を改正する。新規定では、適正手続きの確保、健康保険事業の健全な運営確保、経済上の利益による誘引禁止、特定の主治医・事業者等への誘導禁止を、第五条の二から第五条の五として義務付ける。
安全管理体制の確保と記録整備の義務化は、既存規定の重要な改正点である。第二十八条第3項として、指定訪問看護に係る安全管理のための体制の確保を新たに義務付ける。第三十条では、訪問看護記録書、訪問看護指示書、訪問看護計画書、訪問看護報告書、市町村等への情報提供書、市町村等との連絡調整に関する記録の6種類を完結の日から2年間保存することを明示する。
これらの改正は、療養担当規則と同様の規律を訪問看護ステーションに導入する性格を持つ。訪問看護ステーションは、保険医療機関と同等の運営規律のもとで、適正手続きとコンプライアンスを確保することが求められる。
詳しい解説は、以下の記事をご覧ください。
👉 令和8年度改定で訪問看護の運営基準が刷新|4つの新規制と安全管理体制の義務化
③ 保険医療機関及び保険医療養担当規則の見直し|誘導禁止規定の対象拡張
第3の見直しは、保険医療機関と訪問看護・高齢者住まい等との関係性を規律する内容で、療養担当規則に誘導禁止規定を新設する。背景には、現行の誘導禁止規定(第二条の五)が保険薬局のみを対象としており、保険医療機関から訪問看護ステーションや高齢者住まい等への誘導には規制が及んでいなかった空白がある。
新設規定は、保険医療機関が患者に対し特定の事業者等を利用すべき旨の指示等を行うことの対償として、当該事業者等から金品その他の財産上の利益を収受することを禁止する。対象となる事業者等は、指定訪問看護及び指定介護予防訪問看護、指定特定施設入居者生活介護及び指定介護予防特定施設入居者生活介護、地域密着型サービス3類型(認知症対応型共同生活介護・地域密着型特定施設入居者生活介護・地域密着型介護老人福祉施設入所者生活介護)、指定居宅介護支援及び指定介護予防支援、介護保険施設の5区分である。さらに、これらの事業者と特別の関係にある事業者も対象に含まれ、迂回的な利益収受も封じられる。
実務上は、退院支援や在宅移行支援の場面で、紹介行為と金銭関係を明確に切り離した運用が求められる。とくに、高齢者住まいに併設する訪問看護ステーションを系列法人で運営する場合は、患者の囲い込みと利益収受の関係が問われやすい。組織内の運用ルールと診療録への記録方法を再点検する必要がある。
詳しい解説は、以下の記事をご覧ください。
👉 令和8年度改定で新設!療養担当規則の誘導禁止規定を徹底解説
訪問看護ステーション・保険医療機関に求められる対応
3つの見直しに対応するためには、訪問看護ステーションと保険医療機関がそれぞれの立場から体制整備を進める必要がある。訪問看護ステーションは、現場運用と組織運営の両面で改定対応が求められる。保険医療機関は、退院支援・在宅移行支援の場面で誘導と利益収受の関係性を整理することが求められる。
訪問看護ステーションの対応は、5つの実務事項に集約される。具体的には、標準時間に基づく訪問計画の作成、看護目標及び訪問看護計画に沿った実施、利用者の状態に応じた個別対応、目標達成の評価と訪問看護記録書への記録、実際の訪問時刻の記載である。さらに、運営基準の新規定に対応するため、適正手続き・誘引禁止・誘導禁止の運用ルール整備と、安全管理体制の構築、6種類の記録整備も並行して進める必要がある。
保険医療機関の対応は、誘導行為と利益収受の関係性を切り離す運用ルール作りが中心となる。退院支援や在宅移行支援の場面では、複数の選択肢を客観的な情報とともに提示し、患者の意向を尊重した紹介を行うことが基本となる。系列法人や提携先の事業者を案内する際には、紹介手数料・委託料等の名目で授受される金銭が患者紹介の対償と評価されないかを点検し、紹介経緯と判断根拠を診療録等に記録する運用を徹底する必要がある。
まとめ|在宅医療の透明性と質を確保する一体改革
令和8年度改定の「Ⅱ-5 質の高い在宅医療・訪問看護の確保」は、訪問看護の実施・運営・誘導の3軸を同時に整える一体改革である。訪問看護ステーションは、記録書の記載要件と運営基準の新規定への対応を計画的に進め、保険医療機関は、誘導と利益収受の関係性を整理する必要がある。これらの対応は、診療報酬の算定要件であると同時に、在宅医療全体の透明性と質を高める実務改善の機会でもある。










